期待することをやめて今を認める



あなたが、期待をかけている、期待を抱いている、期待を寄せている、または、期待をふくらましている人や物があるならば、すぐに止めることをおすすめします。

理由は、、、以下をご覧ください。

期待するとは?


辞書によると、「期待する」の意味は、「将来に何かが実現すればいいと、当てにして待つこと」とか、「ある事が起こるのを待ち設ける」とか、「あることの実現に望みをかけて待ち受けること」とあります。

「期待する」ということは「待っているだけ」で、直接的には何もしない、非常に受動的な行為だということです。

世間一般において広く、「期待する」ということが、ポジティブな未来をイメージした好ましい行為だと勘違いされています。

「期待する」というのは、実際は、起こってもいないことを待つだけで、何もしないのと同じことなのです。

私たちは、実際にいろいろやった上で好ましい将来が予測される時にも、「期待する」という表現を使うことがありますが、確信や自信があるならば、「期待する」という表現は使わない方がいいでしょう。

何故なら、「期待する」と言う時点で、現状は違うということを肯定していることになり、現状のそうでない状況を引き寄せる潜在的な力が働いてしまうからです。

このことについて、詳しくは「悩みを引き寄せる思考‐ネガティブな引き寄せの法則」で説明しています。

人に期待をかけるのは大きな間違い


「期待しているよ」とか「期待しているわよ」と人に励ますつもりで声を掛ける人がいます。

親がわが子に対して、夫婦なら相手に対して、学校で先生が生徒に対して、そして、仕事で上司が部下に対して、この言葉を使うのがよくみられます。

これは、相手に対して「今以上のことを成し遂げて、私を喜ばせてね」と言っているのと同じことです。

更に掘り下げると、「今は違うけど、将来は立派になってね」という思いが根底にあります。

「期待している」と言うのは、親が子供の現状に不服、あなたのパートナーの現状に不服、先生が生徒の現状に不服、そして、上司が部下の現状に不服であるという感情のあらわれでもあるのです。

もし、あなたが誰かに対して期待しているなら、すぐにその心をあらためて、その人の現状を認めて、「今の状態でもよし」とすることが重要でしょう。

期待し続けられると、期待される方は自分が認められていないと感じて、いつか消耗するでしょう。特に、子供に期待を寄せる親は、期待するのを止め、子供の現状を認めて、そのままの姿を愛することを心掛けたいものです。

子供が親の期待を背負い続けて育つと、大人になっても他人の評価を求めて、外に自分の価値を求めるようになります。ありのままでいることが悪いかのように感じ、自分を認められなくなる可能性があります。


期待するのをやめて行動する


以上から、期待をするということが、極めて受動的で、非生産的で、何も生みださないどころか、ネガティブな影響を及ぼしかねない行為だということがわかります。

人は期待することで、気持ちが高揚したり、がっかりしたりします。自分のコントロールが及ばない自分の外のことに勝手に期待して、勝手にがっかりしたりして、感情的になっているのです。

期待するということは、期待の対象に対する執着を生み出し、感情的に捉えられる状態を生み出します。

期待するのは、受け身、かつ、待つ行為なので、時間と精神的なエネルギーを消耗します。

期待に反した結果になった時、それは自分のコントロール外にあるので、ストレスとなります。被害妄想に発展し、期待の対象を責める行動に出ることもあり得ます。期待してくれと頼まれたわけでもなく、自分が勝手に期待したのにです。

期待しなければ、それがどういう結果になろうと、人がどういう行動に出ようと、落胆することはありません。

期待しなければ、結果に対して自分の外の人や物を責めることも無くなります。

期待しないことで、成り行きに感情的に左右されなくなるので、平常心が保てます。

期待しないと、自分ができることをやればいいと思えるようになり、結果がどっちに転んでも構わないと捉えられるようになります。

期待しないと言っても、愛想を尽かして否定的に取れというのではありません。

期待しないけれど、あきらめもしない、現状のままでもよしとし、この先どう転んでも成り行きをありのままのものとして、受け入れることが重要です。